-- 神永学オフィシャルサイト限定公開ストーリー 第1弾 --

「心霊探偵八雲 幽霊の住む部屋」
 神永学



    ◆ 第一回 ◆



「いい部屋だね」
 晴香は、ぐるりと部屋を見回しながら声を上げた。
 間取りは1LDK。十四畳の広さがあるLDKは、カウンターキッチンになっていて、日当たりもいい。
 残りの一部屋は、四畳半と狭いものの、寝室として使う分には申し分ない。
「でしょ。築年数は古いんだけど、リフォーム入れたみたいで、床暖も付いてるんだ」
 得意げに胸を張ったのは、同じサークルでファゴットを吹いている、中沢愛子だ。
 背が高く、モデル体型で、きりっとした顔立ちの美人だ。
「ねえ、晴香。このあと時間ある?」
 愛子にそう声をかけられたのは、サークルの練習が終わり、後片付けをしているときだった。
 晴香が「あるよ」と答えると、愛子は、話したいことがある――と自宅に誘ってきた。
 サークル内で、よく話はしていたが、個人的に誘いを受けるのは初めてかもしれない。
「インテリアもいいね」
 晴香は、愛子に促され、椅子に腰掛けながら言う。
 お世辞ではない。ヨーロピアンテイストなインテリアは、おしゃれで落ち着く。よく整頓されていて、愛子らしい部屋だ。
「前はね、アジアンテイストだったんだけど、しっくり来なかったから、思い切って模様替えしたんだ」
「そうなんだ」
 確かに、愛子のファッションから見ても、アジアンテイストは、あまり似合わないような気がする。
「結構、大変だったけどね」
 愛子は、ぺろっと舌を出しながら言うと、ティーカップに紅茶を入れて出してくれた。
「実はここ、私の部屋じゃないんだ」
 愛子は、はにかんだようにそう切り出した。
「そうなの?」
「うん。彼氏の部屋――」
 そのひと言で納得した。同棲を始めた――ということのようだ。
「彼氏、いたんだ」
「一ヶ月くらい前に、付き合うことになったんだ」
「どんな人?」
 晴香が問うと、愛子はスマホに、彼氏の写真を表示して見せてくれた。
 童顔で、かわいい系の顔をしたイケメンだった。優しそうな感じが、表情から滲み出ている。
 晴香がそのことを告げると、愛子は照れ臭そうな笑みを浮かべながら「そう?」と、惚けてみせたが、彼氏を好きだという気持ちが隠しきれないでいる。
 ――羨ましいな。
 こんな風に、誰かを好きになって、そのことで心躍らせるというのは、本当に幸せな瞬間なのだろう。
 晴香の脳裏に、ふとある人物の顔が浮かんだ。
 寝グセだらけの髪に、愛子の彼氏とは違って、優しさなんて微塵も感じられない仏頂面で、二言目には憎まれ口を叩くあいつだ。
「話って、彼のこと?」
 晴香は思わずにやけそうになるのを誤魔化すように、愛子に訊ねた。
 愛子は、さっきまで浮かべていた笑みをすっと引っ込め、じっと晴香を見据える。
「何か感じない?」
 愛子が、怯えを滲ませた口調で訊ねてきた。
「何か?」
「うん」
「何かって何?」
「だから……この部屋」
「凄くいい部屋だよ」
 晴香が答えると、愛子は焦れたように首を振る。
「そうじゃなくて……何か、この部屋、変なんだよ」
「変?」
「そう。ずっと誰かに見られている気がして、何だか落ち着かないし、時々、妙な物音も聞こえるの」
 愛子は喋りながらも、周囲に視線を走らせている。
「気のせいじゃない?」
 環境が変わったのだから、色々と過敏になる部分もあるだろう。
「私も、最初はそう思ってたの。だけど……」
 愛子は、そこまで言って口を閉ざすと、上目遣いに晴香を見る。
「だけど――何?」
 晴香は、愛子の視線に吸い寄せられるように、ずいっと身を乗り出す。
「私――見ちゃったの」
 愛子が、聞き取るのが困難になるほど小さな声で言った。
 瞳が、落ち着きなく揺れている。
「見た?」
「一昨日の夜、寝室のベッドで寝てたんだけど、何となく眠れなくて……」
「……」
「瞼を閉じて、ぼんやり考えごとをしてたら……音がしたの」
「音?」
「うん。するするって、衣擦れのような音……」
「それで」
 晴香は先を促す。
 その声が、自分でも分かるくらいに震えていた。
「目を開けて、寝室からリビングの方を見たの」
 愛子が、寝室の方に目を向ける。
 引き戸が閉まっていて、今は寝室の中を窺い知ることはできない。
「……」
「そのとき、引き戸が少しだけ開いていて、隙間ができていたの……」
 愛子がそこで言葉を止めて晴香を見た。
 いつも、爽やかな印象のある愛子とはうって変わって、別人のように陰湿な空気を纏っていた。
「最初は、ただ暗いだけだったんだけど、じっと見ていたら、段々目が慣れてきて……。そしたら、リビングの椅子に誰かが座っているのが見えたの……」
 愛子は、晴香の座っている椅子に目を移す。
「え?」
「髪の長い女が……その椅子に座ってたの……」
 ――え? この椅子に座ってたの?
 晴香は、思わず立ち上がり、椅子から離れる。
 こちらの困惑などお構いなしに、愛子が話を続ける。
「で、その女は、私のことに気づいたみたいで、寝室の方に向かって歩いて来て、引き戸に貼り付くようにして、私を見たの――」
 興奮しているのか、愛子の声のトーンが、どんどん上がって行く。
 それに呼応するように、晴香の呼吸も荒くなって行く。
「女は、私に笑いかけたあと、言ったの」
「何を言ったの?」
 晴香は、怖ろしさを噛み砕くようにしながら訊ねる。
「呪い殺してやる!」
 愛子が、テーブルに手を突いて立ち上がりながら叫んだ。
 
 
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