-- 神永学オフィシャルサイト限定公開ストーリー 第1弾 --

「心霊探偵八雲 幽霊の住む部屋」
 神永学



    ◆ 第三回 ◆



 翌日、晴香は改めて愛子の家に足を運ぶことになった――。
 もちろん八雲も一緒だ。
「このマンションの、四○四号室が、愛子の部屋なの」
 そう言って、エントランス前にあるインターホンに手を伸ばそうとしたところで、八雲が何事かを呟いた。
 小声だったので、何を言っていたのか聞き取れない。
「何?」
 晴香が聞き返すと、八雲はぐいっと左の眉を吊り上げた。
「不吉だ――と言ったんだ」
 八雲の言葉にドキリとする。
 晴香には、何の変哲もないマンションに見える。だが、幽霊を見ることができる、赤い左眼を持っている八雲からしたら、違うのかもしれない。
「何が不吉なの?」
 おそるおそる訊ねてみる。
「四○四号室なんだろ」
「うん」
「四という数字は、その語呂から死を連想させる。階層は仕方ないにしても、部屋番号については、使うことを避ける傾向がある」
「そうなの?」
「まあ、ただの迷信に過ぎないが、日本は昔から言霊信仰が根強い」
「へぇ」
 言われてみれば、晴香の住んでいるマンションの部屋番号も、末尾が三の次は五になっている気がする。
 もしかしたら、今回の事件は、部屋番号が大きく関係しているのかもしれない。
「いつまでこんなところに突っ立ているつもりだ?」
 八雲が、あくびを噛み殺しながら促す。
 自分で話を振っておいて、言うだけ言ったらこれだ。
 晴香は、ため息混じりにインターホンを押した。が、待てど暮らせど、反応は無かった。
 ――あれ?
「不在のようだな」
 八雲が小さく頭を振る。
 そんなはずない。愛子には、昨日のうちに訪問する時間を伝えてあるし、本人もその時間は家にいるようにすると言っていたはずだ。
 晴香は、もう一度インターホンを押してみる。だが、やはり応答はなかった。
「帰るぞ――」
 八雲が、マンションに背中を向けて歩き出した。
「ちょっと待ってよ」
 晴香は、慌てて追いすがる。
 八雲の性格からして、一度帰ってしまったら、二度と足を運んでくれないだろう。
「ごめーん」
 慌てた調子の声がした。
 見ると、愛子が額に汗を浮かべて走ってくるのが見えた。
「愛子」
「ごめん。講義の代返頼むのに手間取っちゃって」
 晴香の前まで駆け寄ってきた愛子が、息を切らしながら言う。
「この時間、授業があったの?」
「うん」
「だったら、時間を変更してくれれば良かったのに」
 わざわざ授業を欠席したとなると、何だか申し訳ない気分になる。
「いいの。このままだと、私も気持ち悪いから。それで……えっと……」
 愛子は、口籠もりながら八雲に目を向けた。
 そうだった。八雲と愛子は初対面だ。晴香は、お互いを紹介した。
 八雲は、いつものぶっきらぼうな態度で「どうも」と軽く会釈をする。愛子の方は「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。
「じゃあ、早速、案内しますね」
 愛子は素早くエントランスに駆け寄り、鍵を取り出してオートロックを解除すると、マンションの中に入って行く。
 晴香と八雲も、そのあとに続いた。
 エレベーターで四階に上がり、外廊下を歩く。晴香は愛子と並び、八雲がそのあとをついて来る。
「やるじゃん」
 愛子が、ニヤニヤした顔で、晴香に身体をぶつけてきた。
「何が?」
 訳も分からず困惑していると、愛子がちらりと後ろの八雲に目を向ける。
「彼――相当レベル高いよ」
 愛子が、何を言わんとしているのか理解した。
「いや、だから、八雲君は、彼氏じゃないんだって」
 晴香は、八雲に聞こえないように注意を払いながら、愛子に告げる。
「別に、隠すことじゃないじゃん」
「だから、本当に違うんだって……」
 必死に否定してみたが、愛子は聞く耳持たずだった。もっと強く反論したいところだが、そんなことをしたら、八雲に聞こえてしまう。
 まあ、晴香と八雲が交際していないのは事実なのだから、聞こえたところで大した問題ではない。
 ただ、あんまり強く否定してしまうと、まるで八雲のことを嫌っているように聞こえてしまう。
 それは、何だか嫌だ。
 複雑な心情を抱えたまま、愛子の部屋の前に辿り着いた。
 愛子がドアに鍵を差し込む。
「あれ?」
 困惑したように、愛子が首を傾げた。
「どうしたの?」
「鍵、開けっ放しだったみたい。私、結構やっちゃうんだよね。この前、彼氏にも怒られちゃった」
 愛子は、あっけらかんとしながらドアを開け、中に入るように促した。
 八雲と頷き合ってから、晴香は部屋の中に入った――。
 
 
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